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大阪地方裁判所 昭和23年(行)25号の2 判決 1963年2月14日

原告 岩崎善祐

被告 枚岡市農業委員会・国

主文

一、原告の被告枚岡市農業委員会に対する訴は、別紙物件表記載の土地につき定めた買収計画の取消、同無効確認、これに関する異議却下決定の無効確認を求めるものを除く部分をすべて却下する。

二、原告の被告国に対する訴は右に関する訴願の裁決、買収令書の発行の無効確認を求めるものを除く部分をすべて却下する。

三、原告のその余の請求は棄却する。

四、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告は、「大阪府中河内郡枚岡町農地委員会が、別紙物件表記載の土地につき定めた買収計画及び右買収計画に基く政府の買収を取り消す。各被告は、前項の買収の無効なること、及び前項の買収計画、これに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書発行の無効なることを確認すべし。訴訟費用は各被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告委員会は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め

被告国は、「別紙物件表の(ロ)の土地に対する訴を却下する。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、原告の主張

被告委員会の前身である大阪府中河内郡枚岡町農地委員会(以下、町農地委という。)は、原告所有の別紙物件表記載の土地につき、買収の時期を昭和二二年七月二日とする農地買収計画を定めて、その旨公告したので、原告はこれに対し異議の申立をしたが、町農地委はこれを却下する旨の決定をした。原告は、さらに訴願したところ、大阪府農地委員会は訴願を棄却する旨の裁決をした上、右買収計画を承認し、大阪府知事は右買収計画に基き買収令書を発行して原告に交付した。しかし、右各処分には次の違法がある。

一、実体上の違法

(一)  買収計画及び買収処分は、いずれも原告の父岩崎善資を本件土地の所有者としてこれに対しなされたが、同人はすでに右買収計画樹立の二五年前に死亡し、原告が家督相続によりその所有権を取得していたもので、本件処分は死者に対する処分である。

(二)  本件土地は自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)五条五号により買収から除外さるべきものである。

(三)  本件土地の買収の対価につき、特別の事情があるから、特別の価格を定めるべきである。

(四)  本件土地につき別段の面積を定めないのは違法である。

二、手続上の違法

(一)  買収計画

(1) 本件買収計画は町農地委作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかし町農地委に備え付けてある議事録によれば、右の買収計画書と一致する決議のあつたことが明認し難く、また、右買収計画書には決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画書は町農地委の決議に基づき、かつ法定の内容を具備する適式の買収計画と認めるに足りない。

(2) 買収計画書は委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書自体に、委員会の特定具体的決議に基づいた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることを、その有効条件とするが、本件買収計画書には右の記載及び署名がない。

(二)  公告

市町村農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。右公告は、買収計画という農地委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。公告によつて買収計画は対外的効力を生じ、適法な公告があつてはじめて政府と買収利害関係人との間に買収手続という公法上の法律関係が成立するものである。 ところが本件買収計画の公告は、

(1) 町農地委の決議に基づいていない。

(2) 町農地委の公告ではなくて、その会長の単独行為であり、その専断に出たものである。

(3) 公告の内容は買収計画の告知公表たるを要するにかかわらず、現実になされた公告には単にその縦覧期間とその場所を表示するにとどまる。かかる内容の公告は自創法六条に定める公告としての要件を欠くものである。

(三)  異議却下決定

(1) 原告に送致された異議却下決定は、町農地委がこれと一致する決議をした証跡がない。また、町農地委の議事録に、これを証明するに足る記載がない。

(2) 右決定書は会長単独の行為または決定の通知とは認められるが、町農地委の審判書と認むべき外形を備えていない。

(四)  裁決

(1) 大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実は認めるが、その議決は裁決の主文についてのみ行われ、その主文を維持する理由に関しては審議を欠く。裁決書中理由の部分は会長たる知事の作文であつて、右委員会の意思決定を証明する文書ではない。

(2) 裁決書は会長たる知事の名義で作成されているが、会長が右委員会の訴願の審査および裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。故に、右の裁決書は同委員会の裁決に関する意思を表示する文書ではない。

(3) 裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。

(五)  承認

買収計画につき、市町村農地委員会は、自創法八条に従つて都道府県農地委員会にその承認を申請し、都道府県農地委員会は、その買収計画に関する法律上事実上の事務処理について違法または不当の点がないか厳密に審査し、その承認を行うものである。すなわち、買収計画の承認は、承認の申請に基き買収計画に関し検認許容を行う行政上の認許で、明らかに行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有することは疑の余地がない。買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、その存在を外部に対抗しうるにいたるが、さらにこれに対する適法有効な承認があつてはじめて、その効力が完成し、ここに確定力を生じ、政府の内外に対し執行力が生ずるものである。反言すれば、買収計画という行政処分は、適法な承認のあつた時に法律上の効力の完成をみるもので、このときに買収計画は確定的客観的に存在をみるものである。ところで、

(1) 本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会は、今次の農地改革における各買収計画に対し法定の承認決議をした外形があるが、あるいは市町村農地委員会の適法な申請に基かないものがあり、あるいは承認の決議が訴願に対する裁決の効力発生前になされたものがあつて、概して承認の決議自体無効である。このことは、本件買収計画に対する承認についても同様である。

(2) 本件の買収計画に対しては承認の決議はあつたが、この決議に一致する大阪府農地委員会の承認書が同委員会によつて作成されていない。また町農地委に送達告知されていない。すなわち、買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠く。故に承認なる行政処分は存在しない。かりに右決議をもつて承認があつたものとするも、かかる決議は法定の承認たる効力がない。

以上の理由により、本件土地についての政府の買収は無効であり、また、買収計画、その公告、異議却下決定、訴願棄却の裁決、承認はいずれも無効でかり、これを前提とする買収令書の発行もまた無効である。そこで、被告両名との間で、買収計画及び政府の買収の取消と、政府の買収、買収計画、公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書発行の無効であることの確認を求める。

なお、原告は本件土地につき自創法五条五号に定める指定の申請をしなかつた。

第三、被告らの答弁

一、原告は、本訴状において、別紙物件表記載の(イ)の土地及び『外一筆』の計二筆を訴の目的たる行政処分の対象と表示して、本訴を提起したが、『外一筆』についてはこれを具体的に明らかにせず、出訴期間徒過後において始めて、右『外一筆』が物件表記載の(ロ)の土地であることを明らかにした。しかし、買収計画ないし買収処分は、人の所有する各個の農地についての各独立した行政処分であるから、訴の目的となる行政処分も、原告に対する一個の処分でなく、原告の所有する各個の農地につき各個に独立した各個の行政処分である。従つて、原告が行政処分の対象となつた各個の農地のうち、不服を主張する農地を、他の農地と区別しうる程度に具体的に特定して始めて、いかなる行政処分に対して不服の訴を提起しているかが特定せられることとなり、単に『外一筆』というのでは、いかなる土地に対するいかなる行政処分を訴の目的とするのか不明である。そして右不服の訴については出訴期間が定められているから、この期間内にこれを特定して始めて適法な訴となるのであつて、すでに出訴期間を徒過した後に、『外一筆』を具体的に特定しても、この部分に対しては適法な訴の提起があつたことにならない。従つて、(ロ)の土地に対する訴は不適法である。

二、本件買収に関する各手続日時は次のとおりである。

町農地委は、自創法に基き、昭和二二年四月二八日不在地主である原告所有の小作地であつた本件土地を、同法三条一項一号に掲げる農地として、同年七月二日を買収の時期とする買収計画を定め、同年四月二八日その旨を公告して一〇日間縦覧に供し、原告が同年五月八日異議の申立をしたので、同月二七日異議申立を却下する決定をした。原告はさらに同年六月七日訴願したが、大阪府農地委員会は、同月二五日訴願を棄却する旨の裁決をした上、同月三〇日右買収計画を承認した。次いで、大阪府知事は、右買収計画に基づいて買収令書を発行し、原告にこれを交付した。

三、いわゆる死者買収について。

本件土地はもと原告の父岩崎善資の所有であつたが、同人は大正一二年四月二三日死亡し、その長男である原告が家督相続によりその所有権を取得したのであるが、原告はその旨の所有権移転登記手続をせず、不動産登記簿上は、善資の所有名義のままになつていた。そして、本件買収計画においては、その所有者として公簿上の名義である善資を表示して手続を進め、また買収令書の宛名人も善資と記載したものをその相続人たる原告に交付して、買収処分が行われたのであるが、右各処分はいずれも原告に対する処分として適法有効である。すなわち、

(一)  町農地委は、いわゆる買収計画書の所有者の氏名を記載する欄に、公簿上の所有名義人である善資をそのままとらえて記載し、買収計画を定めた旨を公告するとともに、別に念のために原告に対し、買収計画書の写を添えて買収計画を定めた旨を通知したのであるが、右の趣旨は、本件土地の所有者は原告であること、原告の所有農地を買収する計画を定めたこと、ただ公簿上善資の所有名義になつているから計画書の所有者の表示には公簿上の記載のままにしておいたこと、このように定めたからその旨を通知する、もしこれに不服があれば異議の申立ができる、との趣旨であつた。原告はこれに対し適法に異議の申立及び訴願をしたが、これに対する町農地委の異議却下の決定書謄本、大阪府農地委員会の訴願を棄却する裁決書謄本は、いずれも原告名義になつているものを原告に送達し、次いで、買収令書も宛名人が善資となつているものを原告に交付した。すなわち、本件買収計画及び買収処分は、形式上死者である善資を処分の相手方としてされたもののように表示されているが、公簿上の所有名義を信頼して名義人たる善資の所有農地として同人を相手方として買収手続を進めたものでもなければ、所有者である原告を相手方としないで買収手続をしたものでもなく、すべて実質上は、所有者でありその相続人である原告を対象としてなされたものである。ただ公簿上善資の所有名義になつているから、そのままこれを所有者と表示したものにすぎない。そして、原告は、所有者として法律上有する権利救済手段を適法に行使できるよう十分な機会を与えられ、所有者を善資と表示したことによつて、これらの機会を不当に奪われたという事情は全くない。

(二)  一方、原告も、本件各手続が、実質上明らかに原告自身を目指してされたものであることを十分に了知し、各手続に対する法定の救済手段を十分につくした。原告は、家督相続により本件土地の所有権を取得しながらその旨の登記を経由せず、公簿上善資の所有名義のままで、自らの所有権の表示方法として利用していることの主観に立脚し、(このことは日本国憲法施行以前の農村地帯における大、中地主階級の生活意識として一種の慣行とも云うべきもので、農村社会の地主的所有観念の表徴でもある。)、自ら所有者として処分の相手方となつていることを認識し、原告自身の名義で異議の申立、訴願をした。しかも、所有者の表示が善資となつていることをその理由としては主張しなかつたし、かつ、善資宛の買収令書を異議なく受け取つている。

(三)  以上、要するに、本件買収計画及び買収処分は、すべて原告に対する処分として何らのかしはない。かりに、右の主張が容れられず違法であるとしても、行政事件訴訟特例法(以下、特例法という。)一一条の規定が適用されるべきである。本件買収は、自創法が実施されその買収手続を急速かつ広汎に実現することが特に要請されていた当時の事案に属し、昭和二二年中に買収手続を完了しているもので、爾来今日まで長期間にわたり、自作農が創設され、一応農村社会の秩序が保持せられている現状であつて、自創法一条に定める同法の目的に合致している。そして、本件土地については、処分の相手方の表示の点を除いては、根本的実質的に買収自体を否定する理由は全く存しないのであるから、もし、処分の相手方の表示の誤りという一点を理由として本件買収計画ないし買収処分が取り消されるようなことになるならば、全く自創法一条の法目的は失われ、今日まで既成事実となつている農村の社会秩序に一大動揺を与える結果を生ずることとなる。従つて、本件のような事案こそ、同法一一条にいう『処分は違法ではあるが………………処分を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められる』ものに該当すると云うべきである。

四、自創法五条五号による指定について。

本件土地については、自創法五条五号に定める指定はない。農地所有者が同条による指定を受けようとするときは、昭和二二年四月七日大阪府令第一七号によつて、一定の形式により所轄農地委員会にその申請をしなければならないのであつて、右申請のない場合に、農地委員会が自ら進んで指定をするのは極く限られた場合にすぎない。そして右申請をしなかつた以上、その指定がないことを理由として買収計画の取消を求めることはできない。かつ、右指定は買収計画とは別個独立の行政行為で、これと一個不可分の関連性はない。従つて、その指定のない農地は、自創法三条により買収の対象となる適格を有するのであるから、これに対し買収計画を樹立することは違法ではない。

五、買収の対価について。

買収計画に定めた買収の対価に不当な点があつても、それがため買収計画及び買収処分自体の効力に影響を及ぼさない。のみならず、本件土地については、自創法六条三項に定める最高額を対価として定めているのであつて、不当な点はない。

六、面積について。

買収した農地の面積について、その公簿上の記載と実際の面積とが著しく相違することがあつても、買収計画または買収処分の効力には何等の影響はない。ただ、このような場合には、結局買収の対価に差異を生ずるから、自創法一四条の訴によりその救済を求めうるにすぎない。

七、本件買収の各手続について。

(一)  買収計画

町農地委は、本件買収計画を定めるについて、自創法六条二項に定める事項を含む同条五項所定の縦覧書類(買収計画書)に記載の各事項につき決議している。その際作成された議事録がかりに不完全なものであつたとしても、議決の効力には影響がない。次に、買収計画書に記載すべき事項は同法六条五項に定めるとおりであつて、それ以外に、決議に関与した委員の署名など必要としない。本件買収計画ないし買収計画書にはなんらのかしもない。

(二)  公告

本件買収計画の公告をするについて町農地委の決議を経ていないこと、及び右の公告を同委員会長名義でしたことは争わない。しかし、市町村農地委員会が買収計画を定める決議をした時は必ず公告すべきものであつて(自創法六条五項)、公告をすることについてあらためて決議を要しない。そして、右の公告は市町村農地委員会の代表者である会長がすべきものであり、その公告の内容は、単に買収計画を定めた旨を表示すれば足り、買収計画の内容を表示する必要はない。本件公告に違法な点はない。

(三)  異議却下決定

町農地委は、原告の異議申立について委員会を開き、審議の結果、異議はその理由がないので却下した。この決定は委員会の議事録によつて明らかになつている。右の決定書は町農地委の代表者たる会長名義で作成されているが、もとより適法であり、原告主張のようなかしはない。

(四)  裁決

大阪府農地委員会は、原告の訴願について裁決するにあたり、その訴願の理由はすべて審議している。訴願に対する裁決書は、同委員会の代表者たる会長名義で作成したがもとより適法である。右裁決に関し原告の主張するところは、法令の根拠がなく失当である。

(五)  承認

(1) 承認には申請を要しない。承認は行政庁内部における自省作用であり、自発的になしうるものであるから、その性質上申請の有無にかかわらず承認しうる。自創法にも承認を受ける手続についてなんら規定を設けていない。

(2) 承認は、承認書の作成を要せず、市町村農地委員会に通知する必要もない。承認は議決のみによつてその効力を生ずる。もつとも行政実例では、大阪府農地委員会は、承認の決議をした後会長名義の承認書を作成して市町村農地委員会に送付している。本件にあつても同様であるが、これは単に町農地委に対し、その定めた買収計画に基いて買収令書が発行されるか否かを知らせるため、行政庁内部においてとられた事務連絡のための措置にすぎず、法令の要求する手続ではない。

以上のとおり、原告の本訴請求はすべて失当である。

第四、証拠<省略>

理由

第一、本訴中の不適法な部分

一、被告国との間で買収計画の取消を求める訴について。

国は、買収計画を定めた行政庁ではないから、右訴につき被告適格を有しない(行政事件訴訟特例法三条、行政事件訴訟法一一条)。従つて右訴は不適法である。

二、被告国との間で買収計画、異議却下決定、の各無効確認を求める訴について。

行政処分無効確認訴訟は当該行政行為の無効を確認し、その表見的効力の除去を直接の目的とする点で、優越的地位においてなされた行政権の行為を争うものであるから、取消訴訟とその本質を同じくすると解せられる。ところで、取消訴訟における被告適格につき規定した行政事件訴訟特例法三条の趣旨は、一般民事訴訟の原則に従えば行政行為の効果の帰属主体である国又は公共団体が被告となるべきところ、取消訴訟では処分庁に被告適格を認めた方が訴訟遂行上便宜であるというところにある。この点で取消訴訟と無効確認訴訟とを別異に取扱うべき理由はないから、無効確認訴訟にも同条の準用があり、処分庁に被告適格があると解せられる。けれども無効確認訴訟について明文のない同法の下においては、行政主体の被告適格を否定することができなく、国は本訴の被告適格を有したものと解せられる(行政事件訴訟法附則六条)。しかし、処分庁と行政主体と双方に対して同時に同一行政処分の無効確認の訴が提起せられている本件の如き場合には処分庁を被告とする訴のみを認め、行政主体を被告とする訴は利益を欠くものと解するのが相当である。従つて、被告国との関係で買収計画、異議却下決定の無効確認を求める訴はいずれも利益がなく不適法である。

三、被告委員会との間で裁決及び買収令書の発行の各無効確認を求める訴について。

被告委員会は裁決及び買収令書の発行をした行政庁でないから、前記二、に述べたとおりの理由により被告適格を有しない。従つて右訴はいずれも不適法である。

四、被告両名との間で買収計画の公告及び承認の各無効確認を求める訴について。

買収計画の公告は、買収計画を定めた旨を告知する手続であり、また都道府県農地委員会が市町村農地委員会の買収計画を承認する行為は行政庁相互間の対内的行為であつて、いずれも行政訴訟の対象となる行政処分ではない。従つて、原告の右訴は、いずれも不適法である。

五、被告両名との間で「政府の買収」の取消及び無効確認を求める訴について。

自創法による農地買収は、買収という法律効果(当該農地につき国がその所有権を取得し、従来の所有者の所有権が消滅する等)を生じさせることを目的とする手続であるが、それは一つの行政庁によつて行われるのではなく、市町村農地委員会、都道府県農地委員会及び都道府県知事というそれぞれ異なつた三つの行政庁による独立の数個の行為を段階的に積み重ねることによつて行われる手続である。そして所有者は右手続のうち、それが所有者に直接向けられ、その法律上の地位に変動を及ぼすもの、すなわち、市町村農地委員会の買収計画、異議についての決定、都道府県農地委員会の訴願に対する裁決、都道府県知事の買収令書の交付に対しては、これを訴の目的として直接その効力を争つて出訴することが認められている。ところが原告のいう「政府の買収」が、買収計画、異議の決定、訴願の裁決、買収令書の交付など一連の買収手続のうちの個々の行政処分を指すものではなく、買収計画の樹立に始まり買収令書の交付に至る一連の手続を包括的にとらえ、個々の行政処分を離れて、「政府の買収」という一個の行政処分なる概念を構成し、この「政府の買収」そのものを訴の目的とするものであることはその主張自体から明らかである。

しかし、右に述べた各行政庁の個々の行政処分のほかに、「政府の買収」というような別個の行政処分が存在するものとは認められない。のみならず、買収手続に不服のある者は、これら個々の行政処分を訴の目的として出訴すれば必要にしてかつ十分であり、ことさらこれを離れて「政府の買収」なる概念をもち出し、これを訴の目的として出訴する必要はない。

従つて、「政府の買収」の取消及び無効確認を求める原告の右訴は不適法というのほかはない。

第二、被告委員会の本案前の抗弁について。

原告が、昭和二三年一月二六日当裁判所受付の本件訴状において、訴の目的たる町農地委の買収計画の対象となつた土地の表示として、本件(イ)の土地と「外一筆」の計二筆を表示して本訴を提起したが、右の「外一筆」がいかなる土地を指すのか明らかにせず、昭和二四年一一月一九日以後に物件表を追完することによつて、右(イ)の土地のほか本件(ロ)の土地に対する処分を訴の目的とする趣旨であることを明示したことは、記録上明らかである。被告委員会は、右追完が本訴の出訴期間徒過後にされたことを理由とし、(ロ)の土地に対する訴は不適法であると主張するる。

もとより、買収計画の対象となつた土地を具体的に明らかにしなければ買収計画そのものが特定せず、従つてその取消を求める訴は、その目的の不特定の故に不適法といわなければならないが、右特定は常に訴状によつてのみこれをしなければならないものではなく、特に追完補正することを妨げない。その場合、追完補正された物件が、訴状その他の資料と相いまつて、訴状記載の物件と同一のものを指すことが明らかに認められるならば、訴は当初から右追完された物件をその対象とするものとして特定することになるのであつて、この場合、追完の時に始めて適法な訴が提起されたものと解すべきではない。このことは、訴に出訴期間の定めがあり、追完補正が出訴期間徒過の後にされた場合でも同様であつて、追完された物件が当初から訴の対象とされていたものと明らかに認められる限り、訴は当初に遡つて特定し、適法な訴となるのであり、出訴期間徒過の故に不適法であるということはできない。

原告は本件訴状において町農地委が原告所有の本件(イ)の土地「他一筆」に対してなした買収計画の取消を訴の目的として本訴を提起したものであり、町農地委が原告に対してなした買収計画の対象たる農地が(イ)の土地と(ロ)の土地の二筆以外にないことは、成立に争いのない乙二号証の二により明らかである。原告が物件表の追完により(ロ)の土地を明示した以上、訴状記載の「外一筆」が(ロ)の土地を指すものであることが明白である。従つて、右追完が出訴期間徒過後にされたとしても、(ロ)の土地に対する訴が出訴期間徒過後に提起されたことにはならず、本訴は、当初から(イ)(ロ)二筆に対する買収計画の取消を求めるものとして適法というべきである。この点に関する被告委員会の主張は理由がない。

第三、本案の判断

本件土地はもと原告の父岩崎善資の所有であつたが、同人が大正一二年死亡し、その長男である原告が家督相続によりその所有権を取得した。町農地委は、自創法三条一項一号に基づき、右土地につき買収の時期を昭和二二年七月二日とする農地買収計画を定め、その旨公告し(いずれも成立に争いのない乙二号証の一、七によれば、買収計画樹立の日は昭和二二年四月二八日であり、同年五月一日から同月一〇日まで縦覧に供されたことが認められる)、原告が異議の申立をしたのに対しこれを却下する決定をし(いずれも成立に争いのない乙二号証の三ないし五によれば、異議申立の日は同年五月八日、異議却下決定の日は同月二七日であることが認められる)、さらに原告が訴願したのに対し、大阪府農地委員会はこれを棄却する裁決をした上、右買収計画を承認し(いずれも成立に争いのない乙二号証の六、九、乙六、七号証によれば、裁決の日は同年六月二五日、承認の日は同月三〇日であることが認められる)、大阪府知事は右買収計画に基づき買収令書を原告に交付した。

以上の事実は当事者間に争いがない。以下、原告の主張する違法原因について順次判断する。

一、被告委員会との間で買収計画の取消を求める訴について、

(一)  いわゆる死者買収との原告の主張について。

本件買収計画書(自創法六条五項に定める縦覧に供すべき書類にあたる。)において、岩崎善資の氏名が本件土地の所有者として表示されていて、原告は本件買収計画樹立の二五年前に岩崎善資の死亡によりその家督相続をしたものであることは当事者間に争いがない。ところで農地買収は、買収当時の所有者に対しこれを行うべきものであるから、死者を所有者と誤認しこれに対して行われた場合、その処分が違法であることはいうまでもない。

この点につき被告委員会は、右のように岩崎善資を所有者と表示したのは原告が家督相続による所有権移転登記をせず、不動産登記簿上本件土地は岩崎善資の所有名義となつていたからそうしたまでのことであつて、本件買収は、岩崎善資を所有者と誤認してこれに対し行われたのではなく、その相続人たる原告を所有者と認めこれに対し行われたものである、旨主張する。そして、家督相続による所有権移転登記をせず、不動産登記簿上本件土地は岩崎善資の所有名義となつていたとの事実は原告があきらかに争わないから自白したものとみなされるところである。そこで、本件買収計画が何びとを所有者と認め、何びとに対して行われたか、の点につき判断する。

自創法六条五項が、いわゆる買収計画書の必要的記載事項として所有者の氏名、名称及び住所の記載を要求するのは、市町村農地委員会が買収の対象となつた農地につき、何びとを所有者と認め、何びとについて買収要件を審議決定したかを外部に表示し、それによつて、そこに所有者として表示された者を処分の相手方として特定させるために外ならず、また、同法九条二項一号が買収令書に同様の記載を要求するのも、同じくこれによつて、その者を処分の相手方として特定するために外ならない。そして、所有者の氏名等の記載は戸籍上のものによることが要求せられているわけではないから、処分の相手方を特定するに足る以上はひろく通称、別名等によることを妨げるものではない。

ところで、旧民法施行当時の農村地帯においては家督相続により承継した財産は長期に亘り名義変更をしないで公租公課等も被相続人の氏名を使用して納付し、相続財産を自己又はその推定家督相続人の名義で保有するところの相続以外の原因で取得した財産と区別して保有する事例がしばしば存在した。この方法によると相続人は相続財産の保有に関しては、被相続人と同一の氏名を自己の表示として使用しているのであるから、当該財産に関しては被相続人と同一の氏名が相続人の別名となつているわけである。そして、原告も前記のとおり家督相続以来二五年間の長きに亘つて本件土地の所有名義を変更しなかつたのであるから、本件土地の所有に関しては岩崎善資の氏名を自己の別名として使用していたものと推認すべきである。しからば、本件買収計画書において岩崎善資と記載せられているのが、原告を指すものであることは、右計画樹立の当時客観的にあきらかであつたものといわなければならない。このことは、原告が本件買収計画を自己に対するものとして異議、訴願の申立をしていることからもうらづけられるところである。しからば、本件買収計画書に記載の岩崎善資の氏名は死者を表示したものではなく、本件土地につき使用せられていた別名により原告を表示したものといわなければならない。

加うるに、当該農地所有権が譲渡されたのにその旨の所有権移転登記を経由しなかつたため、譲渡前の所有者を真実の所有者であると誤認しこれに対し処分が行われたような場合には、互に利害関係の対立する前所有者と真実の所有者とが存在するのであるが、被相続人たる死者を所有者と誤認したのであれば、存在するのは相続人たる所有者だけであり、右のような利害関係の対立はないから、これを同一に論ずることはできない。この場合、存在するのは相続人たる所有者のみであるから、もし、被相続人と相続人について買収要件に異なるところがなく、また相続人が被相続人に対する処分につき不服申立の機会を充分に与えられ、相続人がこれを自己に対する処分と考えて不服申立手段のすべてを適法に行使し、何らの実害を被らなかつたとすれば、相続人たる所有者は、かゝる処分の取消を求めることはできないものと解するのを相当とする。

被告委員会は、本件土地は本件買収計画当時いわゆる不在地主である原告の所有する小作地たる農地であり、自創法三条一項一号により買収の対象としたものであると主張し、原告はあきらかに争わないからこれを自白したものとみなされる。原告が不在地主であつたことは前記乙二号証の三によりあきらかであり、小作人と被相続人との小作関係は相続人たる原告に当然承継されたものといえるから、所有者を被相続人と認めるか、原告と認めるかによつて、買収要件が異ならない。(被相続人所有当時は小作地でなく、原告所有当時小作地となつたものであつても、この事実は買収計画の所有者の表示のため原告を不利益にするものではない。)他面、原告は、本件買収計画に対し適法に異議、訴願の申立をしたのであるが、前記乙二号証の三、六によれば、原告は右申立において所有者が岩崎善資と表示されていることはその理由として主張していなかつたことが認められる。これらの事実からすると、原告は、本件土地の所有者として自創法上認められている権利救済手段を行使しうる充分な機会を与えられ、かつ、本件買収が原告自身を目指してなされているとの認識の下にこれらすべての不服申立を適法に行つたものというべきである。本件買収が所有者を岩崎善資と表示して行われたことによつて、右不服申立の機会が不当に制限されたという事情は全く認められず、原告はこれによつて、何らの不利益、実害を被つていない。

そうだとすれば、本件買収計画において所有者を岩崎善資と表示したことは違法とはいえないから、原告はこれを理由にその取消を求めることはできないものというべきであり、死者買収を理由とする原告の主張は失当である。

(二)  自創法五条五号の原告の主張について、

自創法五条五号により買収除外をしなかつたとの主張、立証の責任は同条は同三条の除外規定であることからして、被買収者である原告側にあるものと解せられる。従つて原告は本件土地が五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当する農地」であることを具体的事実に基づいて主張しなければならないのに、本件では抽象的に五条五号により買収から除外さるべきものであると主張するにとゞまり、なんら具体的事実の主張をしていないから、主張自体失当である。

(三)  特別価格および別段の面積に関する原告の主張について、

原告の一の(三)、(四)の主張はつまるところ買収対価の違法を攻撃することに帰するが、対価については別に自創法一四条の訴が認められている趣旨からみてこれに違法が存在しても買収処分の効力には影響を及ぼさないものと解すべきである。

(四)  手続面に関する原告の主張について

(1) 成立に争いのない乙二号証の一、二(枚岡町農地委員会の第二回会議録と同農地買収計画書第二号)によると、町農地委は昭和二二年四月二八日枚岡町役場において会議を開き、その決議により第二回買収計画を定めたが、右計画には買収の時期を昭和二二年七月二日とし、本件土地はいずれも買収の対象とせられ、買収農地の所有者は中河内郡玉川町稲葉岩崎善資、買収農地は本件物件表(イ)(ロ)のとおり、対価は(イ)につき二、一七六円四〇銭(ロ)につき一、八〇三円二〇銭とせられ、右事項を記載した買収計画書が作成せられていたことが認められる。(原告は議事録によれば右決議があつたことが明認できないと主張するが、会議録にははつきりと決議があつた事実の記載がある。)

原告主張二の(一)の(2)の点、買収計画書には自創法六条五項所定の事項を記載すれば足り、市町村農地委員会の特定具体的決議に基づいた旨の記載とか、議決に関与した委員の署名等は必要でない。

(2) 原告主張二の(二)の点、市町村農地委員会は買収計画を定めたときは、自創法六条五項により遅滞なくその旨を公告しなければならないのであつて、そのために特別の決議を必要としない。その体裁も同項による公告であることがわかればよく、委員会名によつても、会長名によつても、いずれでもさしつかえはない。又買収計画の内容は縦覧に供せられている買収計画書を閲覧することによつて知ることができるから、公告には買収計画を定めその計画書を縦覧に供する旨を表示すれば足りる。そして、成立に争いのない乙二号証の七によると町農地委は右要件を備えた公告をし、本件買収計画書を昭和二二年五月一日から同月一〇日迄枚岡町役場で縦覧に供した事実が認められる。

(五)  以上のとおりであつて、本件買収計画には違法のかしがないから、これが取消を求める原告の請求は失当である。

二、無効確認の請求について、

(一)  買収計画

買収計画に違法のかしがないことは前記のとおりである以上は、これを以て当然無効とすることができないから、これが確認の請求は失当である。

(二)  異議却下決定

成立に争いのない乙二号証の四、五によると、町農地委は昭和二二年五月二七日枚岡町役場において会議を開き、原告の異議申立について審議した上、異議を却下する旨の決議をし、同日付の会長名義の決定書が作成せられたことが認められ、右決定書が原告に送達せられたことは当事者間に争いがない。そして右決定が違法と考えられるような資料はない。右決定書の作成名義については法定の方式がなく、事務総括者としての会長名義で作成しても違法ではない。原告のこれが無効確認の請求も失当である。

(三)  裁決

成立に争いのない乙二号証の六、同六号証、同一〇号証の一、二を合せて考えると大阪府農地委員会は昭和二二年六月二五日に大手前会館において会議を開き、原告の訴願を審議した上で、これを棄却する旨の決議をし、同日付で主文と理由を記載した会長名義の裁決書が作成されたことが認められ、右裁決書が原告に送達せられたことは当事者間に争いがない。府農地委員会において訴願に対する審議をしており、その上で裁決書が作成されているのであるから、裁決書記載の「理由」についても審議されたものと推認するの外ない。裁決書が会長名義で作成されているが、作成の名義について訴願法も特別の方式を定めてはいなかつたから、これを以て不適式ということができないことは異議却下決定につき述べたところと同一である。又裁決書を会長が作成するのは議長としてするのではないから、会議に欠席して議決に関与していなかつた場合でも被告に基づいてこれを作成することができるから、これを以て違法ということができない。

(四)  買収令書の発行

本件買収計画の内容にかしはなく、各手続が適法に行われたことは上述のとおりである。そして成立に争いのない乙二号証の八、九、同七号証によると、町農地委は昭和二二年六月二六日付で本件買収計画の承認を申請し、大阪府農地委員会は昭和二二年六月三〇日大手前会館で会議を開き右申請につき審理の結果これを承認することを決議し、同日付で町農地委に承認の通知をしている事実を認めることができる。他に本件買収を当然無効とするような重大明白なかしがあることについては主張立証がないから、買収令書の発行を当然無効とし、これが確認を求める原告の請求も失当である。

第四、結論

よつて、本訴のうち不適法なものはいずれもこれを却下し、その余はいずれも理由がないから原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)

(別紙)

物件表

(イ) 大阪府中河内郡枚岡町大字豊浦字鷹殿一二六番地

田 一反九畝一三歩

(ロ) 同所一二七番地

田 一反六畝一六歩

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